* 生徒が与えてくれた感動
四十年近くも前のことなのに、 今も私の耳にしっか りと聞こえてくる歌声があります。 高校三年生のあるクラスが合唱コンクールで歌った「出発の歌」です。もう一度、聞いてみたいコーラスは? と 問われれば、私は迷わずに彼らの演奏を挙げるでしょう。
当時、私は島本高校で音楽の教師をしていまし た。一年生の担任だったのです。 秋には生徒会主催の合唱コンクールがあり、 各クラスで自由に一 曲を選んで発表をする行事がありました。 まず 学年毎にコンクールをして一位を決め、 文化祭で学年毎の代表として、父母にも披露するのです。 ところが、 我がクラスは練習になかなか取り組もうとせず、仕方がないので私が混声四 部合唱「バスの歌」を提案し、 ボール紙で作った吊り革を全員が持って、クラスのみんなで一斉に傾いたり、歩いたりして歌うことになりました。
放課後の15分程を練習に当てるのですが、 担任が音楽の先生だと、 少しずつ いい感じでまとまってきます。 その評判を聞いて三年生のあるクラスが対抗意識を燃やしました。 音楽の先生なんかに負けるものか、とクラスが一丸となって「出発の歌」を練習し始めたのです。
コンクールの数日前に、そのクラスから私のクラスに、 お互いに聞き合うた めの交歓会を開きたい、という申し出がありました。 もちろんOKです。 私のクラスは、三年生と言えども恐れるに足りず、 と悠然と構えていました。 コンクールを目前に控えて、 私も放課後の練習に熱を入れていましたから。
交歓会では私のクラスが先に歌いました。 軽妙なリズムに乗って、 吊り革を片手に、楽しく揺れるコーラスです。 神妙に聞いていた三年生の口から溜息が漏れています。 次に彼らのコーラスです。 女生徒を真ん中に、 男生徒が両端に横二列となって緊張の面持ちで歌い始めました。
「乾いた空を 見上げているのは誰だ」 斉唱でやや重く、 押さえた表現です。
ですが、私の指導する音楽の授業では聞くことのない底力が感じられ、 ハッと息を飲まされました。 そして後半「さあー今、銀河の向こうに飛んでゆけ~♪」 と二部合唱になってクライマックスへと盛り上がります。 聞いている一年生の 目が一斉に見開きました。「ウワァー、ステレオみたい!」 と、 ある男の子はつぶやきました。 「すごい!」 女の子たちはうっとりです。
教室全体がビリビリと振動する迫力だったのです。 生命がほとばしる、とでも言うのでしょうか。 こんなにも生徒が一体となって、 一生懸命に、 ただひたすらに全身を声にして歌っている! 私は未だかつて、こんなに感動的なコー ラスを経験したことがありませんでした。 いよいよ最後に一人の男子生徒のオブリガートが力強くかぶさって、 雄大な広がりを感じさせながらコーラスは終わりました。
私の目には涙があふれて、 しばらく声も出ませんでした。 生徒達が本気になっ て自主的に取り組んだ演奏のすごさを目の当たりにしたのです。 私が全力を つくして指導してもやり得ないコーラスの素晴らしさを、 生徒達の力でやり遂げたのです。 脱帽の思いと同時に、この瞬間に立ち会っている我が身の幸せを深く味わいました。
* クラスのすご味 が一丸となって
生徒達が与えてくれた感動はその他にもいろいろありますが、 忘れ得ぬもうひとつのシーンは、 前任校である三島高校を去る日の出来事です。
転任をする先生のために、 送別式が行われました。 体育館に千名ほどの生徒が座り、壇上では送られる先生が次々と挨拶をします。 その中で私は最年少でしたから最後に立ちました。
話し終えて、 生徒達に 「ありがとうございました」 と頭を下げたとたん、 ピーと口笛が鳴りました。 それを合図に、女子生徒や男子生徒がカーネーションを一輪ずつ持って「ワー」と叫びながら壇上へ駆け上って来ました。 静寂を打ち破っての一瞬の事なので「何だろう」 と思う間もなく、私は花のプレゼントと女生徒の群れに、もみくちゃにされてしまいました。
担任をしたクラスの生徒達からの別れのパフォーマンスだったのです。当日の朝にクラスで相談したのだそうです。 女子生徒は私に花を、 男子生徒は他の先生たちへ花のおすそ分けを、という粋な演出です。 生徒達の発想の大胆さと、 いっぱいの真心に、 こんなに幸せでいいのだろうか! としみじみ教師をして いて良かったと思いました。 今回は、高校生の自発的な生命の❝輝き❞をお伝えしたかったのです。
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