ボディートークコラム

時を忘れ、我を忘れて

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<一切忘却する大ジャンプ 

長野でも過去、冬季オリンピックが開催されました。 ます。競技の花形は何と言っても大ジャンプでしょ う。雪の斜面を百メートルを越えて飛び続けるのですから人間技の限界に挑んでいるわけです。 ジャンプ台に立つと、おそらく真っ逆さまに谷底へ落 ちていく感じがするのではないでしょうか。 

50年ほど昔の競技を映像で見てみますと、 どの国の選手もお尻を引いて、 へっぴり腰で飛んでい ます。 飛距離も今の半分ぐらいです。 現在の跳躍姿勢はスキー板をV字形にして腰を真っすぐに伸ばし、見事な前傾飛行です。 

これだけのことをするためには才能はもちろんのこと、年がら年中ひたすらトレーニングを積むことが必要でしょ う。そして、この極限のパフォーマンスを行う一流選手たちが一様に到達した境地は 「ジャンプとは忘却なり」ということでした。 晴れの舞台で何もかも忘れて飛ぶことができれば最高の成績が残せると言うのです。 至福の一瞬でしょうね。 この忘却は、磨きに磨きをかけた芸術作品でしょう。 

ここまで到らなくても、 私たちの日常生活では 「意識的にあることを忘れる」 ことによって物事がスムーズに運びます。 物忘れを老化現象のように嘆く人があ りますが、 私たちの脳は嫌なこと、 失敗したこと、 覚えたくないことは本能的に意識の世界から無意識の世界へ押しやるシステムになっています。 今回はこの忘れる能力を積極的に活用しようという提案です。 

高校一年生の夏でしたか、 数学のテストで難問に挑んでいました。 すると、も うちょっとで解けそうなのに、残り時間のことが気になってなかなか一歩先へ頭が集中しないのです。 とうとう間に合わなくて悔しい思いをしました。 その時、 心に決めたのです。「私は時間に振りまわされる人生を送らないぞ」と。 

その日以来、今日に至るまで私は腕時計をしたことがありません。 もちろん時間の段取りはあらかじめしておく必要があります。 しかし一旦段取りが決まれば、 あとは時間を忘れて目の前のことに没頭するのです。 

例えば食事をする時、 あと何分、 あと何分と思って食べているとちっともおい しくありません。 三十分ある時と一時間ある時では自ずと食べるペースが違いますから、自分の体に任せればいいのです。

次に変な話で申し訳ありませんが、 電車の待ち時間にトイレに行く時も電車が来ることを一瞬忘れるようにしています。 排泄行為には快感があるように神様は体を設計していますから、ゆっくりと楽しむようにしています。 どのみち、 その最中に電車が来ても途中で止めることはできないのですから。 

創作行為に時を忘れて熱中するということも大事です。 絵を描く時、 詩や作曲 をする時、はたまた活け花をしたり、 料理をこしらえたり、 掃除をしたりする時だってそうです。積極的に時間を忘れるだけで楽しさと集中力は倍増します。 

子供たちと遊ぶ時は自分が大人であることを忘れる方がよろしい。 年齢を捨て ることが共に遊ぶ世界をふくらませることになります。 

<充実させる方法> 

テレビで動物王国の畑ムツゴロウさんを見る毎に感じることなのですが、 犬や熊や、その他どんな動物とでも嬉々としてたわむれている彼は、おそらくその瞬間には 、人間であることを忘れているのだろうなあ、と羨ましく 思います。 子供の教育には何を忘れたらいいのでしょう 

子供は子供なりに人生の波をくぐり抜けることで成長します。 不登校やいじめ問題、あるいは家庭問題など、 大きな波に直面した時には世間体を忘れることです。 他人 や親兄弟に対する見栄を捨てることです。 そうすれば本来の解決の道へ全力を投 することができます。

数年前に茨城県で起きた両親が息子をバットで殺した事 件も、ひとつには模範的な教育者であった両親が世間体を捨てられなかった要因 が大きかったと考えられます。 

私事で恐縮ですが全国を講演にまわっていますと、 司会の方から「話術の巧み な増田先生」と紹介されることがあります。 私としては思いもよらないことなの で「エッ?」とびっくりするのですが、 ボディートークの話をするときは私は話 すテクニックということを一切考えません。 真実を伝えることに集中するのです。

もし私が上手くしゃべってやろうと考えれば、 その気持ちやテクニックが前面に 出て、 会場はシラけた空気になるでしょう。 歌でも踊りでも人前で表現する時は、 テクニックを忘れることです。 練習には テクニックを研ぎ澄ます必要がありますが、本番では周辺のことは一切忘れて、 もちろん我も忘れて、 内容のみをていねいに伝えることに専念したいものです。

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