増田先生の夢のバイオリンが始りました。生まれて初めてバ イオリンを手にした時の感動は、今でも鮮明に体に残っています。どんな人でもやさしく美しい音色が弾けるこの手法には、いくつものボディートークの知恵が隠されているのです。
弓を持つ人の手に、然り気なく添えられた増田先生の手。そのやわらかさと暖かい息によって心と体が魔法にかかったようにふんわりとなり、優しい音色となるのです。
傍にいるその存在さえも感じさせないほどの然り気ない寄り添い方は、絶妙です。ボディートークの《ツインボイス》と同じ原理です。歌っている人、演技している人など、本人が気付かない間に、そっとその人の内に入ってきて内を膨らませてくれる《その然り気ない支え方》は、ボディートークならではのものでしょう。
子育ての中でも、この原理はいろんな場面で役立ちます。マタニティ・子育ての教室に参加した、1才のK君は、自分の胸くらいの高さのガラスのつぼに、小さなカラフルなゴムボールを投げ入れる遊びに夢中になりました。ちょうど手の届く高さにあった 20 個ぐらいのボールを次々に投げ入れ ていきます。もう数個で無くなりそうになった時、私は然り気なくボールをその手の届く所に置きました。
K君はそんなことは気付かず、せっせとボールを投げ続けます。この時期の子どもが興味あることに集中すると、そのエネルギーは大人とは比べ物にならないほど大きいものです。
なぜなら、新しい神経回路は同じ動作を何度も繰り返し成功することによって、強いニューロンとなって結びつき、学習効果となっていくのですから。日々成長していく子どもにとっては、その集中は必然で、一つ一つの成功は全身の快感となっているのです。
それでも、もうボールが手元から無くなりかけてきたので、傍にいた指導者がボ ールを拾ってきて、「ハイ、どうぞ!」と声をかけて渡そうとしました。す るとK君は、その声にびっくりして体を固めてしまって動かなくなり、もうそれからはボール投げはやめてしまったのです。
K君の神経回路が、突然かけられた声に反応して、ボールを投げる動きをストップさせてしまったのです。ほんのちょとしたことでしたが、《然り気なく》の大切さを教えられたエピソードでした。
舞台作品に『月夜におどろう』という踊りを、毎年、私は幼い子ども達のために プログラムに入れています。まだ歩くのもやっと、という赤ちゃんもウサギのお耳をつけると、喜んでピョンピョン元気よく跳ねてくれます。
一応振り付けはあるの ですが、「1,2,3,4」と号令をかけて踊りを強制すると、幼い子ども達は動けなくなります。お地蔵様やお兄ちゃん、お姉ちゃんウサギの中に混って、自分もピョンピョン跳ねるウサギになっているのです。
大勢の中で踊っても、周囲の子ども達同士も、決して幼い子とぶつかりもせず、 自由に踊りながら、その中で《然り気なく》お互いを包み合い、支え合う感性を本能的に膨らませていくのだと思います。
踊りの情景となるお地蔵様にお供えさ れた月見だんごや、飾られたススキや野の草花も、然り気なく子ども達を包んでいてくれます。こんな然り気ない、自然や人の暖かさに包まれ、喜び弾む子どもの姿 は、キラキラと輝き、観る人の気持ちをほのぼのとしてくれました。
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