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あたたかな魔法のしかけ

全身でやってみよう

「ヨーイスタート! しっかり押 して!」「もっともっと強く!」イモ虫 さん、ネズミさん、小鳥さん、アリスたちが大人のトランプたちに体当たりで ぶつかっていきます。トランプたちも負けずに押し返します。それでも小さな 子どもたちは、更に全身で大人たちに向かっていきます。

その押す力とともにセリフが発せられます。「やめて!やめて! 木を切らないで!」「何で切るん だよ!」「この木はみんなの家なんだから!」「私たちの大切な生命の木よ!」 と訴え続けます。これはミュージカル「不思議の国のアリス」の練習のワンシ ーンです。

● 強い願いが生み出す動きと言葉

「木を切らないで!」という《強い願い》が全力で相手にぶつかっていく 《動くエネルギー》を生み出し、その動きが《“願いの言葉》になっていきます。 このような練習を何度も汗びっしょりになりながら繰り返し、やがてそれが 《歌》になり《《踊り》へとつながっていきます。

もちろん《強い願い》を一人 一人が自分のものとして持っためには、このミュージカルの《テーマは何なの?》ということからみんなで考えて行く時間がたっぷりと必要となります、

段取りだけでセリフや振り付けを覚える――それをやってしまうと、心が ついていかないのです「何で木を切っちゃダメなのかな?」「世界の全ての木を切ったらどうなるの?」「木はどういう役割をしているの?」とたずねていくと、《植物や動物が生きるためには酸素がいること》や《地球環境はどうな っているのか?》の答えから、【木を切ってはいけない】の理由が分かり、子 ども達の木を切るなんて許せない!♪の歌い方が内から膨らみ、グンと力強くなっていくのです。

まだようやく歩き始めた生後一年半になるイモ虫役のはるちゃんも、お姉ちゃんやお兄ちゃんたちのパワーに乗って「ア~ア~!」と声を出しながらトランプに向かっていったり、ぴょんぴょん跳ねています。こんな微笑ましい光 景も加わりながら、幼児から80代の高齢者までもが一緒になって作り上げていける舞台の感動は格別です。

● 安心して自分が出せる場で育つ《意欲》

自分の感情を思いっきり全身で出したり、表現できる安心の場があることは 特に子どもの心の成長には欠かすことができないものです。舞台の日を目指して、何度も何度も練習を繰り返し本番に臨む。ドキドキするけれど勇気を持って舞台に立ち、やり遂げ、大きな拍手の中に包まれた時の感動。その感動が《自分はすごい!自分でできた》という喜びと自信になり、《もっとやってみ たい。もっとやってみよう》というエネルギーを生み出していくのです。

つまり、《I want to do! (意欲)》が沸いてくるのです。またそこに感動をともにする仲間がいれば、《感動》が共鳴し合って《意欲のエネルギーがより大きな力》となり、それが自分を支えてくれた人たちへの《感謝》へと発展 していけるのです。

● あたたかい魔法のしかけ

幼い時から内に思いがあるにもかかわらず、上手に自分の感情が外に出せなかった子や充分に言葉にすることが出来なかった子も、いつの間にか気がつくと、舞台が近づく頃には思いっきり声を出したり、自分の意見を言えるようになっていきます。でもそんな成果の裏には《あたたかい魔法のしかけ》が あるのです。

それは一つには、増田先生の脚本の力があります。子ども達の生命が輝くようにと熱い思いをこめて書かれた増田先生の脚本には、日ごろ思い切って出せない自分の感情や言葉がいっぱい宝石のように詰め込まれているのです。

それを全身で何度も繰り返し演じていくうちに、それが《自分の内なる感情や言葉》であったことに心と体が気づき、今度は《自分の奥底に押し込めていた感情や言葉》が沸き起こり、単なるセリフでなく《自分の言葉》となって輝き始めるのです。

この魔法のしかけにかかると子どもだけでなく、「あ、このセリフが言いた かったんだ!スッキリした!」とか「だからピーターパンの海賊の役はやめられないんだ!」とか、急にイキイキと蘇る大人たちも続出するのです。

● お母さんがあたたかな魔法のしかけ人になると?

そんなミュージカルに出逢えた人はとても幸運ですが・・・。実は子育ての 時、お母さんがこのあたたかい魔法のしかけ人になれると、赤ちゃんが素直に自分の感覚や感情を言葉にしていける道がつき、豊かな個性が育っていくので す。それは、増田先生のミュージカルの脚本の中にちりばめられていたセリフ ような役割を、お母さんがしていくのです。では、具体的な方法は次回にご 紹介することにしましょう。